アスファルトの舗装が所々剥げた、丘陵の道路を三人組の男女が歩いている。その先頭を行くトランスヒューマンの少女は、ふと眼下の街を見下ろして呟いた。
「イヤだなあ、夕方の地上って」
 夕焼けに染められた風景が、彼女には好きになれなかった。
「急にどうしました?テリアさん。私もまあ、夕暮れ時にいい思い出はありませんが」
 二番手を行く人間の女性、ユウカが言う通り、夕方は地上に出るハンターが恐れる時間である。約20年前の開戦以来、地上は遺伝子改造を施されたクリーチャーで溢れており、人間の生活を困難にしていた。元となった生物の多くがそうであるように、ほとんどのクリーチャーも夜行性の肉食動物である。夕焼けは、これからクリーチャーとの戦いが激化する事を示すシグナルとして受け止められているのだ。しかし、テリアはその理由には首を振る。
「だって、この世界に似合いすぎるじゃない。壊れてボロボロになった、誰もいないこの街に。明るかった文明が、これからすぐに夜になっちゃうみたいでさ」
「わかるぜ、テリアちゃん。あんたが欲しがってるものは、戦争前にすらなかったもんな」
 隊列の殿を勤める男性が割って入る。
「そうだよ。民生用の2m級強化外骨格、そしてその製造会社!工場で働く人も、エネルギーも、そして買ってくれる人も、今の夕暮れの世界には全然足りないの」
「買ってくれるヤツは特に重要だな。テリアちゃんと俺の給料はそいつらが払った金から出るんだから」
「あれ、レンさんハンターやめるんですか?」
 ユウカが意外そうな顔で尋ねる。
「いやいや、すぐじゃねえよ?テリアちゃんの夢が実現してる頃には俺もいい歳だろうしな、って事だよ」
 遺伝子改造により改良された人類であるトランスヒューマンとは違って、レン達人間の寿命は短い。一般的なトランスヒューマンのモデルである、猫耳が特徴のフェリスや犬耳のカニスは、200年を越えて生きる事が可能と見込まれている。もっとも、彼らの開発から50年足らずの現在では、まだ天寿を迎えたトランスヒューマンを確認できてはいないのだが。いつまでも若々しい姿を保つ彼らを見て、かすかに白髪の混じったレンが漏らす言葉は羨望混じりであった。
「そうですか。あなたがトレジャーハンターを天職だって言っていたので、意外だなと……」
「いやー、過酷な仕事が天職だってのも因果だね」
「きっと大丈夫だよ!私がレンさん雇ったら、サラリーマンの方が天職って判明するかも」
「そうなるといいなあ。とりあえず、この仕事を終わらせたらな!
「二人とも、そろそろ見えて来ますよ。南芝里ジオフロント入り口です」
 夕日が山並みに姿を丁度隠した薄暗い中、三人行く先の峠に松明の明かりが小さく灯るのが見えた。

「突入前に最終確認をしておきましょう。テリアさんは聞き飽きている話でしょうけど、念のため」
「えー?ユウカにはそこまで私が待ちきれないように見えるかなあ」
「ええ、わりと」
 ユウカに指さされた先を見て、テリアは初めて振り回されている自分の尻尾を自覚した。
「テリアちゃんは正直者だなあ」
 今が昼間だったら、レンに赤くなった顔も茶化されていたに違いない。
「だ、大丈夫!手早くお願いね」
「はい。今回の目標は、第四次大戦前に建造された南芝里ジオフロントです。核攻撃にも耐える強度を目指して、大深度地下にシェルターを兼ねた都市を作るプロジェクトの一つですね。私たちの拠点もジオフロントの一つですが……しかし、このジオフロントは当初の目的を果たせなかったようです」
 ユウカが一呼吸する間に、携帯端末をいじっていたレンが資料の1ページを二人に向けて続ける。
「戦時のニュースが残ってた。この南芝里ジオフロントの居住区は、工事が戦争に間に合わなかったんだと。結局ジオフロントは放棄、麓の街の住民は別の街に避難した。戦略的価値を認められなかったもんで、どちらの軍も寄りつかずに今まで放置されていたわけだ」
「居住用設備は一通り残ってるし、物資もそのまま放置されてるし。好都合だよね。私たちみたいなトレジャーハンターとか、あそこの……あいつらみたいなのにはさ」
 テリアが指さす先、これから目指す目的地には、相変わらず松明の炎が揺らめいている。 「連中はナイトデューデスペイン、南芝里一帯を縄張りに持つ地方豪族です。私たちが所属する国、W.O.Lの支配下に入ることを拒んで略奪に精を出す、やっかい者ですね」
 ユウカが何かを思い出したように苦い顔になる。活動圏が共通するトレジャーハンターと地方豪族は、基本的に良好な関係を築き難い。彼らの略奪対象は、地上で細々と暮らす人々の村に留まらず、地上を行き来するハンターをも含んでいるのだ。ユウカとレンが彼らと戦闘に陥った事も、一度や二度ではないだろう。
「いわゆる、モヒカンってヤツね。でも、私たちの実力なら別に恐れる事のない相手でしょ?」
「私とレンには、ですね。テリアさんの腕っ節は知ってますが、現場に出るのは慣れてないんですから、くれぐれも気をつけてください」
「了解ー」
 テリアは大型のククリナイフを弄びながら、ユウカの注意に少し垂れ耳を動かした。本業のトレジャーハンターであるユウカとレンとは違い、テリアは彼らを雇うジャンク屋に過ぎない。トランスヒューマンの天性の力はあっても、経験による力はそれを凌駕する。
「それに、10人や20人のモヒカンならまだいいですけど。ナイトデューデスペインの本拠地こそ、この南芝里ジオフロントである疑いが濃厚です」
「それでも、こっそり目的を達成するくらいならなんとかなる……といいなあ」
「そうですね。この先に見える出入り口は、複数存在するメンテナンス用通路の一つです。私たちの目的の物はおそらく、最上層の公用区画に放置されていると考えられます。ナイトデューデスペインが本拠地にしていると考えられるのは同じ層の高級居住区ですが、あの出入り口から進入すれば本隊を避けて直接公用区画に到達できる見込みです」
「見張りは一人、予想通り手薄だな」
 そう言うレンの手には双眼鏡が握られている。敵戦力把握は手慣れたものだ。
「通路内部にはもっと居るかも知れません。進入後も用心をお願いします。それでは、お二人とも準備はいいですか?」
 テリア達は頷いて準備を確認すると、暗闇に揺れる炎に向けて歩き出した。その背後を行く人影の姿に、三人はまだ気づいていない。